第36回 核燃料物質の化学的性質及び物理的性質

核燃料物質の化学的性質及び物理的性質

第1問

軽水炉燃料として現在使用されているUO2燃料にPuO2を加えたMOX(混合酸化物)燃料は, プルサーマル燃料として知られている。 MOX燃料に関する次の物性は,PuO2濃度を増すとどのように変わるのか, 変化の方向をその理由を付けて簡単に記述せよ。

(1) 融点
(2) 熱伝導度
(3) 熱膨張率
(4) クリープ速度
(5) スエリング

解答例

(1) 融点
融点はPuO2の濃度を増すと[低下]する。 PuO2の融点は[2390]℃で、UO2の融点[2840]℃よりやや小さい。 両者は高温で[全率固溶体]を形成し、固溶体の融点はPuO2濃度の増加とともに直線的に[低下]する。

(2) 熱伝導度
燃料ペレットの熱伝導率は[フォノン](格子振動を量子化したもの)の散乱状態に大きく依存している。 すなわち、不純物原子の存在等によりUO2結晶中でのフォノン散乱が多くなると、燃料ペレットの熱伝導率は[低下]する。 UO2対するPuO2濃度を増加させることは、フォノンの散乱中心として働くPuを UO2結晶格子中に[増加]させることを意味する。 つまり、PuO2の濃度増加とともにペレットの熱伝導率は[低下]する。

(3) 熱膨張率
U4+とPu4+の[イオン半径]が同等であること 及びPuが固溶しても結晶構造が変わらないため熱膨張率に影響を及ぼす[原子間ポテンシャル]が UO2とPuO2で同等と考えられる。 このためPuO2を固溶しても[原子間ポテンシャル]の変化が小さく、[熱膨張率]の変化は小さい。

(4) クリープ速度
クリープ速度は、PuO2の濃度を増すと[格子欠陥]が増えてクリープ変形がしやすくなり[大きく]なる。

(5) スエリング
スエリングは、PuO2ホットスポットでの燃焼度の[増大]によるスエリングの増大と 天然UO2の[焼きしまり]の遅延が打ち消しあって、PuO2濃度が増してもほとんど変化しない。

第2問

高出力で照射されたUO2燃料ペレットの断面の組織再編模式図を以下に示す。 この模式図を参考にして,次の文書中の空欄に入る適切な語句又は数値を番号とともに記せ。 なお,同じ番号には同じ語句又は数値が入る。

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ペレットを照射していくとUO2ペレットのミクロ組織は温度に依存して変化していく。 高出力で照射されたペレットの断面を見てみると,ペレットの外側つまり被覆管側から内側に向かって,
照射前とそれ程ミクロ組織が変わらない不変領域,
結晶粒の大きくなった[①等軸晶]領域,
径方向に長い結晶粒を持つ[②柱状晶]領域,
中心の[③燃料中心空孔]領域
に分けられる。 [①等軸晶]の領域の成長は原子の[④拡散]によって結晶粒が大きくなったものであり, 1500℃以上の高温で顕著になる。 また温度以外にも燃料の[⑤製造履歴],[⑥添加物]等の影響を受ける。 [②柱状晶]の領域は,ペレットの気孔内でのUO2の[⑦蒸発]―[⑧凝縮]機構で形成される。 大きな温度勾配下で気孔内面のUO2は高温側で[⑦蒸発]し,低温側で[⑧凝縮]する。 これに伴い,気孔は温度勾配と逆方向に移動して,その後に[②柱状晶]が生成される。 一方[③燃料中心空孔]は,気孔が中心部に集結することにより形成されると言われている。 軽水炉燃料の通常運転出力では[①]までで,[②]は生成しないと考えられている。

一方,約50,000 MWd/tを超える高燃焼度下ではUO2ペレットの最外周部に 結晶が細粒化した多孔質領域が生じる。 これは[⑨リム]効果と呼ばれ,ペレット外表面近傍で,238Uの中性子共鳴吸収による [⑩239Pu]の生成が大きくなり,局所燃焼度が上がった為と思われる。

注:⑤⑥は他にO/U比等、粒成長に影響を与える項目なら可

第3問

次の問に答えよ。

(1) アクチノイド元素はAcからLrまでの15個の元素群である。 原子番号の小さい順に7つの元素を示すと,Ac,[①Th],[②Pa],[③U], [④Np],[⑤Pu],[⑥Am]となる。 ①~⑥に入る元素を元素記号で示せ。

(2) ランタノイド元素は水溶液中では3価を示すがアクチノイド元素では安定な原子価は元素により異なる。 Cm,Np,Uの空気に接触している硝酸水溶液中での安定な原子価を示せ。

解答例: Cm [3]価、Np [5]価、U [6]価

(3) ピューレックス法再処理工場ではTBPによる溶媒抽出によりウラン,プルトニウム核分裂生成物より分離する。 ピューレックス法再処理においてウランとプルトニウムの相互分離はどのように行われるか。簡単に説明せよ。

解答例: 使用済み燃料の硝酸溶解液を、パルスカラム、ミキサセトラ、遠心抽出器などの溶媒抽出装置を用いて 有機溶媒と接触させることにより、まずウランとプルトニウムだけを[有機]相に抽出し、 核分裂生成物を[水相]に残す([共除染])。 次にこの有機相を[硝酸ヒドロキシルアミン]などの還元剤を含む水相と接触させることにより、 プルトニウム原子価を調整してプルトニウムだけを[水相]に逆抽出し、ウランと分離する。

(4) UO2+x (x>0),PuO2-y (y>0) のように原子数の比が整数とならない現象を何というか。 また,この理由を簡単に説明せよ。

解答例: [不定比性]。
2成分系で1固相-気相平衡では自由度F=2となり、平衡は温度と組成xで定まり不定比性が現れる。 一方、2固相-気相平衡が成立するとF=1となり平衡は温度のみで定まる。 どちらの平衡系を取るかは、系の自由エネルギーによって定まり、自由エネルギーの小さい平衡系の方が実現する。 アクチノイド元素は比較的[励起されやすい原子価電子を持ち、容易に複数の原子価を取りうるので、 多成分系での組成変化にともなう金属元素原子価の変化はエネルギー的に[容易]であり、このため、 不定比性を取りやすい。

(5) UO2,UN,金属ウランの熱伝導度は大きく異なる。 これらの熱伝導度の大小関係を述べるとともにその理由を簡単に説明せよ。

解答例: 金属ウラン、UN、UO2の順に熱伝導度が[小さく]なる。
金属ウランでは[電子]による熱伝導が支配的であり、 [フォノン]による熱伝導が支配的なUO2に比べて高い熱伝導度を有する。 UNはセラミックスでありながら金属的な性質も持っているため、 フォノンによる熱伝導に加えて電子による熱伝導の寄与があり、 [フォノン]による熱伝導が支配的なUO2に比べて高い熱伝導度を有する。 金属ウランとUNの熱伝導度の差は、熱伝導度に占める電子伝導の割合の差に起因するものと考えられる。

第4問

核燃料の原子炉内挙動に関する次の問に答えよ。

(1) 軽水炉燃料において燃料ペレット中心の温度は核燃料被覆管の表面温度から どのような式や物性値を用いて推定されるか。簡単に説明せよ。

解答例: 燃料被覆管の表面温度から被覆管の内面温度は、被覆管の熱伝導度と燃料の線出力を用いて次のように求められる。 q''':発熱密度 (W/m3)、 T0:燃料中心温度、 T1:ペレット表面温度、 T2:被覆管内面温度、 Tw:被覆管表面温度、 Rf:ペレット半径、 R2:被覆管内径、 Rc:被覆管外径、 bg:ギャップ幅、 bg:被覆管肉厚 (m)、 hc:ギャップコンダクタンス (W/m2℃)、 kf:ペレットの熱伝導率 (W/m℃)、 kc:被覆管の熱伝導率 (W/m℃) とし、出力密度分布が一様とすると線出力密度q' (W/m)は次式で与えられる。


q' = \pi R _ f ^ 2 q'''

被覆管の内面温度T2は、被覆管表面温度Twより被覆管の熱伝導率kcを用いて次の式で与えられる。


T _ w - T _ 2 = \frac{q''' R _ f ^ 2}{2 k _ c} \ln \frac{R _ c}{R _ 2}

ペレット表面温度T1は、燃料棒のペレット外表面と被覆管内表面の熱伝達: すなわちギャップコンダクタンスhcを用いて次の式で与えられる。


T _ 1 - T _ 2 = \frac{q''' R _ f ^ 2}{2}\frac{1}{h _ c R _ 2}
= \frac{q'}{2\pi} \frac{1}{h _ c R _ 2}

ギャップコンダクタンスは、ギャプガスの組成や圧力、ペレットと被覆管の接触状態等に依存する。 例えばFPガス放出により、ギャプガスがヘリウムガスから混合ガスに変化するとギャプコンダクタンスは低下する。 ギャプコンダクタンスの評価には、Ross and Stouteの関係式が用いられることが多い。

ペレット中心温度T0は、ペレットの熱伝導率kfのペレット表面温度T1から ペレット中心温度T0までの熱伝導率積分を用いて次の式で与えられる。


\int _ {T _ 1} ^ {T _ 0} k _ f dT = \frac{q''' R _ f ^ 2}{4} = \frac{q'}{4\pi}

ペレットの熱伝導率は、ペレット気孔率、組成、燃焼度等に依存し、燃焼度とともに低下する傾向を示す。

(2) 核燃料の破損については原因が理解されその対策が採られてきている。 最近考えられている高燃焼度化に対してどのような対策が採られているか簡単に説明せよ。

解答例: 高燃焼度化に伴う燃料破損の可能性としては、[PCI破損]、[水側腐食]による破損等が考えられる。 高燃焼度では、[クリープダウン]により、ギャップが[閉じる]とともに、スエリングやボンディングが生じ、 これに被覆管の[水側腐食]と[水素吸収による脆化]が重畳し、PCIが厳しくなる。 このPCI破損を防ぐため、半径方向に[c軸]を集積させた[集合組織調整管]が採用されている。 また、結晶粒界までの距離を[大きく]してFPガス放出を低減させる大粒径ペレットとともに、 粒界に滑りやすい物質を析出させてクリープ特性を向上させる改良ペレットの開発も行われている。 水側腐食については、冷却水温度が高いPWR燃料で腐食破損を起こす可能性があり、 新被覆管材料の開発が行われている。

第5問

核燃料に関連して,次の事項を簡単に説明せよ。

(1) マイナーアクチニド
(2) 酸素ポテンシャル
(3) ウラニルイオンとウラナスイオン
(4) 応力腐食割れ
(5) 焼きしまり

解答例

(1) マイナーアクチニド
周期表原子番号89の[アクチニウム (Ac)] から103の[ローレンシウム (Lr)] までの15の元素をアクチノイド元素と言い、 全て放射性の同位元素である。 このうちの超ウラン元素からPuを除いた[ネプツニウム (Np)]、[アメリシウム (Am)]、[キュリウム (Cm)]、 [バークリウム (Bk)]、[カリホルニウム (Cf)]、[アインスタイニウム (Es)]、[フェルミウム (Fm)]、 [メンデレビウム (Md)]、[ノーベリウム (No)]、 [Lr]の9核種をマイナーアクチノイド (Minor Actinide)と言う。 これらのマイナーアクチノイドは長半減期であり、強い放射能を帯びているため、燃料の再処理や最終処分で問題となる。 (newclears注:マイナーアクチノイドとマイナーアクチニドは区別されない)

(2) 酸素ポテンシャル
燃料の[平衡酸素圧]に対応する酸素1モルあたりの[ギブス自由エネルギー変化]を酸素ポテンシャルと呼び、 燃料の[化学的特性]を表すパラメータである。 燃料の酸素ポテンシャルは燃料の[不定比性]を支配するとともにFPの[化学形]を左右し、 燃料・被覆管反応等の化学反応を支配する。
閉じた系の燃料棒内のガス相の平衡酸素分圧PO2 (atm) と 固相酸化物の酸素の部分モルギブスエネルギー \Delta \bar{G} _ {O _ 2}との間には..


\Delta \bar{G} _ {O _ 2} = R T \ln P _ {O _ 2}

の関係があり、(R:ガス定数、T:絶対温度) 燃料とFPの酸化物の \Delta \bar{G} _ {O _ 2}の大小関係によりFPの化学形が決まる。 すなわち、燃料より高い \Delta \bar{G} _ {O _ 2}を持つFPは金属として析出し、 低い \Delta \bar{G} _ {O _ 2}を持つFPは酸化物として存在する。
UO2の酸素ポテンシャルは、燃焼度とともに貴金属FPが[増加]することから 余剰酸素の増加にともない[増大]すると推定されるが、実測値は、燃焼にあまり依存しない。 これは、余剰の酸素が被覆管と反応するためと推定されている。

(3) ウラニルイオンとウラナスイオン
4価及び6価のウラン化合物は水溶液中でも安定度が高い。 水溶液中では普通6価のイオンは[ラニ]イオン(UO22+)、 4価のイオンは[ウラナス]イオン(U4+)の形となっている。 水溶液中で前者は[]色、後者は[]色(ウグイス色)を示す。 なお、U-235は、U-238より少し[酸化]されやすいため、 6価のウラン中のU-235の比率は、4価のウラン中のU-235の比率よりわずかに大きい。 この性質を利用して、分離を繰り返せば、U-235の濃縮が可能で、これをイオン交換法または、化学法という。

(4) 応力腐食割れ
UO2は熱伝導度が小さいため、高出力運転時にはペレット中心温度が[高く]なる。 その結果、ペレットの熱膨張により径方向ギャップが[減少]し、ペレット-被覆管力学的相互作用 (Pellet-Cladding Mechanical Interaction : PCMI) が生じて、被覆管に応力が発生する。 燃料の燃焼度が10 MWd/kgU程度以上に達した照射環境で、腐食性のFPが蓄積した状態で燃料棒の出力を上昇させると、 強いPCMIが発生する。 その結果、腐食性物質などの作用により被覆管の[脆性割れ]が発生し、燃料棒が破損(PCI破損)する。 この破損機構は、被覆管の[応力腐食割れ] (Stress Corrosion Cracking : SCC) であると考えられており、SCCの腐食性物質としては、FPヨウ素などが有力視されている。 一部には、照射による被覆管の脆化、または、組織変化が原因であるという説もある。 このPCI破損の防止対策として、燃料の改良(燃料棒の[細径化]による線出力の低減、 チャンファあるいはディッシュなどのペレット形状の改良、ジルコニウムライナー付き被覆管の採用など) と[原子炉運転手順]の改良([ならし]運転、Pre-Conditioning Interim Operating Management Recommendation : PCIOMR) などが実施された結果、PCIによる燃料棒破損の問題は実質的には既に解決されている。

(5) 焼きしまり
初期密度95-97%TD(理論密度)程度であるUO2ペレットが、照射初期段階で収縮する現象で、 数千~1万 MWd/tまでの低燃焼度で観察される。 これは、製造時の[気孔]が、照射下の拡散等により収縮及び消滅するのが主な機構である。 焼きしまりが生じると[ギャップ]が大きくなりペレット・被覆管間の熱伝達が変化し燃料温度が上昇する。 燃焼が進むとペレットの[スエリング]が進行して体積を増しギャップは[閉じて]いく。 以前は、焼きしまりが大きいためにPWR燃料のつぶれ破損が生じたことがあるが、 現在は初期密度を高くしてあるためこのような破損は生じていない。

谷内 茂康; 中村 仁一; 天谷 政樹; 中島 邦久; 小室 雄一; 中島 勝昭; 小林 泰彦; 佐藤 忠; 須賀 新一; 野口 宏; 笹本 宣雄; 櫛田 浩平 第36回核燃料取扱主任者試験問題・解答例集,2004年, JAERI-Review 2004-020, https://doi.org/10.11484/jaeri-review-2004-020